2008年06月12日
生まれてきた使命

居候のにゃろめ
音楽が好きらしい
ご飯を食べることに夢中なほなみ
だが、この曲が流れると条件反射で踊り始めてしまった(笑)
昨日ある会にスピーカーを持って行って話をすることになりました
音に詳しい人も参加していましたが、参加者全員に思いっきり気に入られてしまいました
そのことはおいといて、
参加者の話の中である占い師に「今世の使命は○○なんだよ」と言われどうしようか、考え込んでしまっているという方がいらっしゃいました
そのときわたしはまったく言葉が浮かばなかったので何も発言しなかったのですが、今日運転中に思いつきました
「生きているだけで使命を果たしているんだよ」
うちに遊びに来ているにゃろめやほなみを見て、ほーんとそう思ってしまいます
生きているだけで使命を果たしている
それが分かったとき、使命感で重たくなっていた心が、解きほぐされて、人からの評価を気にせずやりたいことが出来るようになり、個性的になり、独特なことをするようになって、あとから、誰かから「それがあなたの使命なんだね」なんて言われるようになるんじゃないんかな~
タグ :使命
2008年06月02日
自由の人
自由の人ってなんじゃろ
そうか!
起こったことを後から変えられる人だ
自分の都合のいいようにね
盗みとか、嫌がらせとか、事故とか病気とか、裏切りとかどんな3次元的にはひどい目にあっても
たかーい目線で眺めて・・・・・
「ほほぉ・・・・そういうことかぁ」
って妙に納得して自分の世界の中で消化してしまう
起こってしまったことは「イヤー」なことだったんだけど、それを「必要なことで、いい出来事だったよ」ってすべて変えてしまう
そうなりゃこれから起こることに心配もしなくなる
なんだって「大丈夫」だから
そうか!
起こったことを後から変えられる人だ
自分の都合のいいようにね
盗みとか、嫌がらせとか、事故とか病気とか、裏切りとかどんな3次元的にはひどい目にあっても
たかーい目線で眺めて・・・・・
「ほほぉ・・・・そういうことかぁ」
って妙に納得して自分の世界の中で消化してしまう
起こってしまったことは「イヤー」なことだったんだけど、それを「必要なことで、いい出来事だったよ」ってすべて変えてしまう
そうなりゃこれから起こることに心配もしなくなる
なんだって「大丈夫」だから
2008年05月05日
小さな声を聴く
私が小さな買い物をするときもそうだし、今回の閉店のことや結婚を決めることなど大切な判断をするときにいつもやっていることがあります
心を静かにして、自分の内側に聞いてみます
「これでいいのか?」
そのとき、こころのなかでささやくような声が聞こえます
心を静かに、ハートに対して意識が集中していないと聞こえないほどのささやき声です
そのささやき声が
「いいよ」
と聞こえ、さらに、人差し指と親指で輪を作って、力強く握れたらたらやります(セルフ・オーリングです)
わたしは、左脳的(理屈)なことも得意で、とても大事にしますが、最終的には右脳(直感)で決めます
左脳と右脳のバランスが大切
あんまり右脳に傾きすぎると、芸術家やミュージシャンに多いのですが、精神が敏感すぎて壊れることがあります
そして左脳に傾きすぎると冷たい人になります
例えば、物質的なことと霊的なことのバランスも同じこと
だんだん関係のない話になってきましたが・・・・・
ともかく、心の声は聞いてみると便利です
スピリットダンスを長いことして実に良かったなぁと感じるのが、直感が冴えるようになったということ
全身で音楽を聴いて踊ることに慣れてくると、感じのいい場所にいるか悪い場所にいるか、すぐに分かるようになる
音楽で自由に踊るととっても感性が良くなります
内側の声もとっても聴きやすくなります
心を静かにして、自分の内側に聞いてみます
「これでいいのか?」
そのとき、こころのなかでささやくような声が聞こえます
心を静かに、ハートに対して意識が集中していないと聞こえないほどのささやき声です
そのささやき声が
「いいよ」
と聞こえ、さらに、人差し指と親指で輪を作って、力強く握れたらたらやります(セルフ・オーリングです)
わたしは、左脳的(理屈)なことも得意で、とても大事にしますが、最終的には右脳(直感)で決めます
左脳と右脳のバランスが大切
あんまり右脳に傾きすぎると、芸術家やミュージシャンに多いのですが、精神が敏感すぎて壊れることがあります
そして左脳に傾きすぎると冷たい人になります
例えば、物質的なことと霊的なことのバランスも同じこと
だんだん関係のない話になってきましたが・・・・・
ともかく、心の声は聞いてみると便利です
スピリットダンスを長いことして実に良かったなぁと感じるのが、直感が冴えるようになったということ
全身で音楽を聴いて踊ることに慣れてくると、感じのいい場所にいるか悪い場所にいるか、すぐに分かるようになる
音楽で自由に踊るととっても感性が良くなります
内側の声もとっても聴きやすくなります
2008年04月30日
夢や希望っていらないんですよね
新しいスピーカーを発明してうどん屋やめて世界中に広めようって画策しているんですが
別にそういう夢を持っていないんです
わたしが持っているのは確信なんです
世の中がこのスピーカーで変わって欲しいなとか、おもっとりません
変わるんです
夢だったり希望だったりすると、ちょっとしくじっただけで、実現が遠のくとか、出来るんだろうかとか心配するんですが、
確信を持っていると、おおきくずっこけてもへっちゃらなのです
願うことや夢を持つことよりも確信のほうが遙かに↑
心の余裕が違います
確信を持っていればすでに心の中では実現しています
心の中で実現していることは遠からず物質の世界でも実現するのです
どうもこのスピーカー、聴くと人がものすごく変わる
人を変えたいとか言うんじゃなくて、変わるよ
世の中を変えたいというのではなくて、変わるよ
ってな感じ
スピーカで世の中が変わるなんて信じられないかもしれませんが、音楽にはとてつもない影響力があるのです
日本の神話で天の岩戸開きの話がありますが、アマテラスさんが岩屋に閉じこもって、そこから出てきたきっかけになったのも音楽
今の時代はちょうど、アマテラスさんがお隠れになっている状態なんだろうな~って思います
そこで美しい音楽でみんなで踊って出てきてもらいましょうってな感じなのだ
この音を聞くと魂が喜ぶんです
って、実はというと、みんなのひとりひとりの中にアマテラスさんがいてアマテラスさんとは、女性性で感性が豊かな神様なんです
今の時代、みんな感性が閉じちゃってて、特に都会の電車に乗ってると鎧を身にまとうぐらいに心を閉じてしまう、他人に無関心でなければ生きてゆけない・・・・・
で、美しい音楽が、閉じた心を解きほぐすのだな
鬱や痴呆症、暗いオフィスに効果抜群
これは面白いことになるよワクワク
別にそういう夢を持っていないんです
わたしが持っているのは確信なんです
世の中がこのスピーカーで変わって欲しいなとか、おもっとりません
変わるんです
夢だったり希望だったりすると、ちょっとしくじっただけで、実現が遠のくとか、出来るんだろうかとか心配するんですが、
確信を持っていると、おおきくずっこけてもへっちゃらなのです
願うことや夢を持つことよりも確信のほうが遙かに↑
心の余裕が違います
確信を持っていればすでに心の中では実現しています
心の中で実現していることは遠からず物質の世界でも実現するのです
どうもこのスピーカー、聴くと人がものすごく変わる
人を変えたいとか言うんじゃなくて、変わるよ
世の中を変えたいというのではなくて、変わるよ
ってな感じ
スピーカで世の中が変わるなんて信じられないかもしれませんが、音楽にはとてつもない影響力があるのです
日本の神話で天の岩戸開きの話がありますが、アマテラスさんが岩屋に閉じこもって、そこから出てきたきっかけになったのも音楽
今の時代はちょうど、アマテラスさんがお隠れになっている状態なんだろうな~って思います
そこで美しい音楽でみんなで踊って出てきてもらいましょうってな感じなのだ
この音を聞くと魂が喜ぶんです
って、実はというと、みんなのひとりひとりの中にアマテラスさんがいてアマテラスさんとは、女性性で感性が豊かな神様なんです
今の時代、みんな感性が閉じちゃってて、特に都会の電車に乗ってると鎧を身にまとうぐらいに心を閉じてしまう、他人に無関心でなければ生きてゆけない・・・・・
で、美しい音楽が、閉じた心を解きほぐすのだな
鬱や痴呆症、暗いオフィスに効果抜群
これは面白いことになるよワクワク
2008年03月29日
永遠の命
永遠の命について考えてみた
不老不死
誰もが不老不死なんだけど、
それを忘れている
肉体に執着しているから
肉体が滅びても別の肉体に生まれ変わるのに、
肉体はただの衣なのに、衣が自分だと思うから死ぬと勘違いしている
死はたんに扉
扉の向こうにも命は続いている
命(魂)は生まれ変わりを通して旅をしているんだ
意識を肉体にフォーカスするから肉体の終わりが人生の終わりと思っている
誰もが永遠の命を持っている
意識を永遠の命にフォーカスする
そうすれば永遠の命が手に入る
不老不死
誰もが不老不死なんだけど、
それを忘れている
肉体に執着しているから
肉体が滅びても別の肉体に生まれ変わるのに、
肉体はただの衣なのに、衣が自分だと思うから死ぬと勘違いしている
死はたんに扉
扉の向こうにも命は続いている
命(魂)は生まれ変わりを通して旅をしているんだ
意識を肉体にフォーカスするから肉体の終わりが人生の終わりと思っている
誰もが永遠の命を持っている
意識を永遠の命にフォーカスする
そうすれば永遠の命が手に入る
2008年03月09日
問題発生→→ヘ(^^ヘ))...((ノ^^)ノ♪あっそれそれ
ゾルバの解決方法
問題発生(病気、怪我、非難、失敗)
---------------->気持ち悪い感情が生まれる(イライラ、オドオド、コワァー、ムカムカ)
---------------->感情がピークに達する
---------------->踊る
ヽ(□ ̄ヽ))...((ノ ̄□)ノ あぅあぅ~ ≡≡≡≡≒(* - -)ノ ウリャ!! ヽ(^-^))((^-^)ノ
o(・_・)○☆ウッ!○(・_・)o☆ハッ!o(・_・)○☆ウッ!○(・_・)o☆ハッ!
---------------->心の奥底から笑える
---------------->忘れる
---------------->解決
---------------->起こったことに感謝
2008年02月20日
人生経験を多く積みたいならば

人生経験を多く積みたいならば
人の指図を無視してでも、やりたいと思う選択をする
たとえそれで転んでも、指図どおりにして成功や失敗するよりもいいではないか
自分の思うようにして成功すれば大きな自信を得るし、失敗すればさらにより多くを学ぶことができる
ふと出てきた言葉だ
※ほなちゃんの頭に付けているのはリボンでバレンタインデーのときにヨメが付けた
曰く「わたしがプレゼント」
☆人生経験を充分に積めば、人の指図がまったく苦ではなく、「頼まれごとを喜んでこなすことが人生なんだよ」と思えるようになります
その人はまさに人生の達人、愛の人、菩薩なのですが、昔はやんちゃだったりします
タグ :思いつき
2008年02月14日
目覚めに必要だったもの
目覚めるために特に重要だったもの
貪欲さ 積極 好奇心 勇気 最悪の場合を想像できる
スキーが上達することに似ている
多少怖くても喜んで好きな方向に行き、どんどんぶつかり上手くなってゆく
わたしの人生を振り返ってみた結果
貪欲に、積極的に、好奇心のままに行動できるように、自由を手に入れるため、あらゆる制約から逃れ続けてきたこと
それが、ある悟りに結びついたのです
はじめは親離れすることから
(今思えば愛情あってのことなのだけど)何かと口うるさい親から離れるために大阪の大学へ進学する
金持ちになれば自由になれるって想像していました
ビル・ゲイツみたいになれば途方もない自由が手に入ると思っていました
その頃、ものすごくお金に貪欲でした
ところがアメリカへ一人旅(70日間貧乏旅行)をしてから変わりました
http://odoruudon.com/noncaul/usa/diary0.htm
ビル・ゲイツみたいに大きな会社の社長になれば自由に休暇がとれなくなる・・・
時間とわずかなお金があればこんなに楽しめる
豪華な船旅よりもチープな、がやがやした雰囲気の方が居心地がよいと感じたのです
ちょうど映画タイタニックの1等と3等の違いでしょうか
それだったら小さなお店でもやるのが一番いいと思ったのです
いきなりは独立しませんでしたから、あちこち就職もしました
やがて私の性格もわかるようになり、要は縛られるのが嫌なのです
成功やお金への執着は後の歩き遍路によってほぼなくなります
http://odoruudon.com/sikoku88/hen-ro.htm
お金や成功への執着があるあいだはそれらから支配されていることになるのです
なんてったって四国遍路なら無銭で始めたってコツさえ掴めば托鉢やご接待で相当に幸せな旅を続けられるのですから
それから病気の心配がありました
病気の心配のあるうちは病気に拘束されています
わたしにはハウスダストのアレルギーがあり、それは清潔にすることによって解決されました
しかしわたしの興味関心は将来の病気に向いてゆきました
癌や難病などです
昔は西洋医学しか信じていませんでしたから癌になれば相当悲観的になると感じていましたが、そう思いこまされていただけだと気づいたのでした
小林正観さんのありがとうをたくさん言うだけで癌が治ってしまう話や
のじま医院
http://odoruudon.com/udonnik23.htm
その他いろいろなことから病気への考え方が変わってそれほど恐ろしくなくなってきました
いずれもれなくやってくる死についても正観さんの話や神との対話という本、飯田史彦さんや木内鶴彦さんの話によって、あの世ってずいぶん面白そうだなって思うようになるのです
木内鶴彦さんの話(公共の電波を使っているのでディープな話はなしですが)
自分の人生の設計図は生まれる前からすでに自分が書いている!
このことを受け入れることができるようになるとさらなる勇気が湧いて参ります
だったらわたしがどこかの誰かと結婚する人生を選んでいるのなら、何をやっても結ばれるべき相手と結ばれるという理屈になってきます
だからやってみたのがこれ
http://odoruudon.com/udonnik30.htm
このように超積極的になってみましたらあっというまに結婚したのです
中村天風さんの言葉通り「人生で最も大切なのは積極的心」なのです
うどん屋をはじめるときもそうでしたが、積極的になったとき、事がスムーズに運びます
今までさび付いていたのが嘘のように氷の上を滑走していきます
最近最も影響をあたえた本が
その男ゾルバ
ゾルバの生き方に惚れ惚れしてしまい、感覚的に生きること
したいことは浴びるほどズバズバやっていくことでそれが克服できること
自分自身の感情を裏切らないこと
を学んだのです
たとえば甘い物好きな人が甘い物を卒業したければ、スーパーに行って全種類買い、部屋いっぱいに甘い物を詰めて1日中食べ続ける
同じように煙草を卒業したいなら手当たり次第に煙草を買い集めて火事と間違えられるぐらい吸いまくる
と、いったところです
そうすれば前ほど欲しくなくなって、そのことを考えなくなるのです
禁欲なんてとんでもない!
あらゆる制約(支配)から逃れるという最後の砦が自分の感情でした
腹が立つ自分に腹が立つ
どうしていちいちそんなことに俺は引っかかるのだ!
そこから逃れてはいけないというのをよーく分かったのがゾルバの生き方でした
ゾルバは実在の人物です
オショー・ラジニーシ(和尚)が話の中で言った「私の前世はゾルバ」だというのに惹かれて買った本でした
ゾルバがオショーの前世かどうかはともかく生き方がカッコイイのだ
わたしの生きかたはひたすらに、支配から逃れ続けてきたとも言えます
親、お金、上司、病気、死、感情
今たどり着いたのが、バカボンパパの「これでいいのだ」になります
バカボンパパの言葉
http://odoruudon.i-yoblog.com/e61548.html
バカボンと言えばちょうど漫画のバカボンドが連載中ですが、宮本武蔵も武道を磨いて行くうちにそのような境地になってゆくのだということが感じられます
つれずれと、せっかく風邪で休んだのだからたっぷり書いてみました




額のはサンキャッチャーの虹の光でした
貪欲さ 積極 好奇心 勇気 最悪の場合を想像できる
スキーが上達することに似ている
多少怖くても喜んで好きな方向に行き、どんどんぶつかり上手くなってゆく
わたしの人生を振り返ってみた結果
貪欲に、積極的に、好奇心のままに行動できるように、自由を手に入れるため、あらゆる制約から逃れ続けてきたこと
それが、ある悟りに結びついたのです
はじめは親離れすることから
(今思えば愛情あってのことなのだけど)何かと口うるさい親から離れるために大阪の大学へ進学する
金持ちになれば自由になれるって想像していました
ビル・ゲイツみたいになれば途方もない自由が手に入ると思っていました
その頃、ものすごくお金に貪欲でした
ところがアメリカへ一人旅(70日間貧乏旅行)をしてから変わりました
http://odoruudon.com/noncaul/usa/diary0.htm
ビル・ゲイツみたいに大きな会社の社長になれば自由に休暇がとれなくなる・・・
時間とわずかなお金があればこんなに楽しめる
豪華な船旅よりもチープな、がやがやした雰囲気の方が居心地がよいと感じたのです
ちょうど映画タイタニックの1等と3等の違いでしょうか
それだったら小さなお店でもやるのが一番いいと思ったのです
いきなりは独立しませんでしたから、あちこち就職もしました
やがて私の性格もわかるようになり、要は縛られるのが嫌なのです
成功やお金への執着は後の歩き遍路によってほぼなくなります
http://odoruudon.com/sikoku88/hen-ro.htm
お金や成功への執着があるあいだはそれらから支配されていることになるのです
なんてったって四国遍路なら無銭で始めたってコツさえ掴めば托鉢やご接待で相当に幸せな旅を続けられるのですから
それから病気の心配がありました
病気の心配のあるうちは病気に拘束されています
わたしにはハウスダストのアレルギーがあり、それは清潔にすることによって解決されました
しかしわたしの興味関心は将来の病気に向いてゆきました
癌や難病などです
昔は西洋医学しか信じていませんでしたから癌になれば相当悲観的になると感じていましたが、そう思いこまされていただけだと気づいたのでした
小林正観さんのありがとうをたくさん言うだけで癌が治ってしまう話や
のじま医院
http://odoruudon.com/udonnik23.htm
その他いろいろなことから病気への考え方が変わってそれほど恐ろしくなくなってきました
いずれもれなくやってくる死についても正観さんの話や神との対話という本、飯田史彦さんや木内鶴彦さんの話によって、あの世ってずいぶん面白そうだなって思うようになるのです
木内鶴彦さんの話(公共の電波を使っているのでディープな話はなしですが)
自分の人生の設計図は生まれる前からすでに自分が書いている!
このことを受け入れることができるようになるとさらなる勇気が湧いて参ります
だったらわたしがどこかの誰かと結婚する人生を選んでいるのなら、何をやっても結ばれるべき相手と結ばれるという理屈になってきます
だからやってみたのがこれ
http://odoruudon.com/udonnik30.htm
このように超積極的になってみましたらあっというまに結婚したのです
中村天風さんの言葉通り「人生で最も大切なのは積極的心」なのです
うどん屋をはじめるときもそうでしたが、積極的になったとき、事がスムーズに運びます
今までさび付いていたのが嘘のように氷の上を滑走していきます
最近最も影響をあたえた本が
その男ゾルバ
ゾルバの生き方に惚れ惚れしてしまい、感覚的に生きること
したいことは浴びるほどズバズバやっていくことでそれが克服できること
自分自身の感情を裏切らないこと
を学んだのです
たとえば甘い物好きな人が甘い物を卒業したければ、スーパーに行って全種類買い、部屋いっぱいに甘い物を詰めて1日中食べ続ける
同じように煙草を卒業したいなら手当たり次第に煙草を買い集めて火事と間違えられるぐらい吸いまくる
と、いったところです
そうすれば前ほど欲しくなくなって、そのことを考えなくなるのです
禁欲なんてとんでもない!
あらゆる制約(支配)から逃れるという最後の砦が自分の感情でした
腹が立つ自分に腹が立つ
どうしていちいちそんなことに俺は引っかかるのだ!
そこから逃れてはいけないというのをよーく分かったのがゾルバの生き方でした
ゾルバは実在の人物です
オショー・ラジニーシ(和尚)が話の中で言った「私の前世はゾルバ」だというのに惹かれて買った本でした
ゾルバがオショーの前世かどうかはともかく生き方がカッコイイのだ
わたしの生きかたはひたすらに、支配から逃れ続けてきたとも言えます
親、お金、上司、病気、死、感情
今たどり着いたのが、バカボンパパの「これでいいのだ」になります
バカボンパパの言葉
http://odoruudon.i-yoblog.com/e61548.html
バカボンと言えばちょうど漫画のバカボンドが連載中ですが、宮本武蔵も武道を磨いて行くうちにそのような境地になってゆくのだということが感じられます
つれずれと、せっかく風邪で休んだのだからたっぷり書いてみました

ほなちゃんの額に模様が浮かび上がった

くちゅん!

え、なになに?

にこにこっ
額のはサンキャッチャーの虹の光でした
2008年02月05日
神とは虚数みたいなもの
神とは虚数みたいなものだ
虚数とは同じ数字どおしを掛け合わせるとマイナスになる数字だ
そんなものはこの次元には存在しない
だが、虚数を使うことによって複雑な計算が出来るようになり大いに役立ってくれる
同じように神というのも虚数に似ているのかもしれない
神という存在を否定せず有効に活用すれば、どんなに不幸な状況からでも大きな幸せが手に入るようになる
虚数とは同じ数字どおしを掛け合わせるとマイナスになる数字だ
そんなものはこの次元には存在しない
だが、虚数を使うことによって複雑な計算が出来るようになり大いに役立ってくれる
同じように神というのも虚数に似ているのかもしれない
神という存在を否定せず有効に活用すれば、どんなに不幸な状況からでも大きな幸せが手に入るようになる
2008年02月03日
さい銭ドロボー
今日は節分だ
だからといって神社に行こうというわけでは無かったんですが、すぐ近くの飯岡神社(いいおかじんじゃ)と福水神社にお参りに行ってきました(ちなみにヨメとほなちゃんはこのところ毎日行ってます)
飯岡神社はある人に見てもらったら、ほなみの産土神社(うぶすな神社)だそうです
神社に行ってみますと一番最初に気づいたのが今日節分だというのに誰もいない
もともと静かな神社ですからね
で次に気づいたのが、大きなお賽銭箱が縦に置いてある
「あ!さい銭どろぼーにやられたんだ」
近づいて見てみますといちばん手前にあるしっかり鍵の付いた小さいステンレス製のさい銭箱も壊されて開けられています
おお、完全にやられています(昨日来たときはなんともなかったそうです)
わたしはしげしげと眺めて感じておりました
ヨメは結構「信じられない!」と腹を立てていたようです
わたしのほうは「人んちに空き巣に入るよりましじゃろ、それに立て札にお金に困った人は持って行っていいと書いてあったし」
ってなもんで、とりあえず次に行く福水神社の方に伝えておこうと思ったのでした(飯岡神社の管理は福水神社さんが行っています)
ヨメはバチが当たるわいと言っております
もっともそうなんでしょうが、思うに、さい銭ドロボーまでして、みじめに生活してゆかなければならないことが、すでにバチが当たっているような気がします
福水神社に行って社務所兼自宅のベルを鳴らしますと、優しそうなおばちゃんが出てきました
このことを伝えると、
「いっつもなんよー」
とにこやかに答えてくれました
まったく腹を立てることなく、愚痴るわけでもなく・・・・・
こういう日本がたまらなく好きです

去年4月9日の福水神社
安産専門の神社というとてもめずらしい神社です
だからといって神社に行こうというわけでは無かったんですが、すぐ近くの飯岡神社(いいおかじんじゃ)と福水神社にお参りに行ってきました(ちなみにヨメとほなちゃんはこのところ毎日行ってます)
飯岡神社はある人に見てもらったら、ほなみの産土神社(うぶすな神社)だそうです
神社に行ってみますと一番最初に気づいたのが今日節分だというのに誰もいない
もともと静かな神社ですからね
で次に気づいたのが、大きなお賽銭箱が縦に置いてある
「あ!さい銭どろぼーにやられたんだ」
近づいて見てみますといちばん手前にあるしっかり鍵の付いた小さいステンレス製のさい銭箱も壊されて開けられています
おお、完全にやられています(昨日来たときはなんともなかったそうです)
わたしはしげしげと眺めて感じておりました
ヨメは結構「信じられない!」と腹を立てていたようです
わたしのほうは「人んちに空き巣に入るよりましじゃろ、それに立て札にお金に困った人は持って行っていいと書いてあったし」
ってなもんで、とりあえず次に行く福水神社の方に伝えておこうと思ったのでした(飯岡神社の管理は福水神社さんが行っています)
ヨメはバチが当たるわいと言っております
もっともそうなんでしょうが、思うに、さい銭ドロボーまでして、みじめに生活してゆかなければならないことが、すでにバチが当たっているような気がします
福水神社に行って社務所兼自宅のベルを鳴らしますと、優しそうなおばちゃんが出てきました
このことを伝えると、
「いっつもなんよー」
とにこやかに答えてくれました
まったく腹を立てることなく、愚痴るわけでもなく・・・・・
こういう日本がたまらなく好きです
去年4月9日の福水神社
安産専門の神社というとてもめずらしい神社です
2008年02月01日
般若心経の要約
なんだか哲学ちっくなことを今まで勉強してきてだんだん分かってきたことがありました
般若心経を私なりにとっても要約してみました
世の中いろんな見方があるよ
悲観的な人は悲観的な世界しか見えないんだ
だから不幸なことしか起こらない
自分で見方を変えるといいんだよ
自由に見方を変えていいんだよ
楽観的になるといいんだよ
楽観的になれば世の中が楽しいことだけになってしまうよ
楽観的になれるとっておきのすばらしい呪文を教えてあげるよ
最もすばらしい呪文だから繰り返し繰り返し唱えなさい
「ツイてるツイてる絶対ツイてる」
これで大丈夫
幸も不幸も存在しない・・・・
ただそういう見方があるだけだ
般若心経を私なりにとっても要約してみました
世の中いろんな見方があるよ
悲観的な人は悲観的な世界しか見えないんだ
だから不幸なことしか起こらない
自分で見方を変えるといいんだよ
自由に見方を変えていいんだよ
楽観的になるといいんだよ
楽観的になれば世の中が楽しいことだけになってしまうよ
楽観的になれるとっておきのすばらしい呪文を教えてあげるよ
最もすばらしい呪文だから繰り返し繰り返し唱えなさい
「ツイてるツイてる絶対ツイてる」
これで大丈夫
幸も不幸も存在しない・・・・
ただそういう見方があるだけだ
2008年01月17日
新教団をつくろう
宗教を作ってみようか・・・・・
突然思い立ったのだった
そしてわたしが教祖、会員はひとりで充分だからマイ宗教を作ってみようって
そこで思いついた教団名が
教団ひとり(笑)
そして思いついた教義が
負けるが勝ち
それからトレードマークは

やわらか戦車に決まりっ!
「や~わらか戦車っ、や~わらか戦車っ、他~の追随を、許さぬ弱さ♪」

動画を再生する
教団ひとりと斉藤一人はまったくかかわりありません、劇団ひとりのパクリです
前回の日記は個人的に面白くなかったので削除しました
突然思い立ったのだった
そしてわたしが教祖、会員はひとりで充分だからマイ宗教を作ってみようって
そこで思いついた教団名が
教団ひとり(笑)
そして思いついた教義が
負けるが勝ち
それからトレードマークは

やわらか戦車に決まりっ!
「や~わらか戦車っ、や~わらか戦車っ、他~の追随を、許さぬ弱さ♪」

動画を再生する
教団ひとりと斉藤一人はまったくかかわりありません、劇団ひとりのパクリです
前回の日記は個人的に面白くなかったので削除しました
2008年01月13日
1+1=2と善悪のはなし
エジソンの母というドラマを見た
クラスになんでも質問してこまる子供がいて1たす1がどうして2だと聞いてくる
その質問に困り果てる
1たす1は2なのは当然のことで何故?どうして?という質問に、「この子バカなんじゃないのっ」て態度をとってしまう
ドラマではこの子は天才の素質をもっているという設定で、先生達はこの子は問題児だと思いこみ、怒り狂って必死になって先生の言うことを信じなさいと押し切り、普通の子にしてしまおうというのです
主人公の若い女教師の彼氏は大学の先生
そこで1+1=2だけとは言えないと言われる
1+1が2というのは算数の世界であればということ
コンピュータの世界では2進数を使っているので1+1=10となる
他の世界なら1+1=0になったりもする
だがコンピューターの演算など複雑なことにステップアップするためにはまず、算数をマスターすることが大事になってくる
だから1+1=2でなくてはならないのだ
ここまでがドラマの話
そこで今日仕事していてあっ!とおもったのですが、この社会も小学校と同じだ!!と
たとえば、これこれこういうことは悪だ!
たとえば、盗み、殺し、戦争、嘘、、負け、病気、大麻、テロリストは悪だと思いこんでいる
この悪というのが2
死は不幸という、不幸ってのも2
実は見方によって、合計が1とか0とか、つまりツイてないと思っていたものが、ツイてると思えたり、腹立つ経験が、逆に感謝できる経験になってきたり、幸も不幸も、善も悪もないんだよってなったりするんです
今とっても狭い視野で出来事を観察しているから善と悪が生まれるのです
野生の動物たちは強い生き物が弱い生き物を殺して食べています
食べられてしまう動物から見れば、捕食者は悪ですが、それを観察している人間の目線から見たら自然界に善と悪は存在せずハーモニーしているとみます
人間達は善と悪という話が好きですが、視野を大きくして人間達を観察している神の視点になってみればやはり善も悪も存在しない、すべての存在は等しく愛しいというふうになるのではないのでしょうか

クラスになんでも質問してこまる子供がいて1たす1がどうして2だと聞いてくる
その質問に困り果てる
1たす1は2なのは当然のことで何故?どうして?という質問に、「この子バカなんじゃないのっ」て態度をとってしまう
ドラマではこの子は天才の素質をもっているという設定で、先生達はこの子は問題児だと思いこみ、怒り狂って必死になって先生の言うことを信じなさいと押し切り、普通の子にしてしまおうというのです
主人公の若い女教師の彼氏は大学の先生
そこで1+1=2だけとは言えないと言われる
1+1が2というのは算数の世界であればということ
コンピュータの世界では2進数を使っているので1+1=10となる
他の世界なら1+1=0になったりもする
だがコンピューターの演算など複雑なことにステップアップするためにはまず、算数をマスターすることが大事になってくる
だから1+1=2でなくてはならないのだ
ここまでがドラマの話
そこで今日仕事していてあっ!とおもったのですが、この社会も小学校と同じだ!!と
たとえば、これこれこういうことは悪だ!
たとえば、盗み、殺し、戦争、嘘、、負け、病気、大麻、テロリストは悪だと思いこんでいる
この悪というのが2
死は不幸という、不幸ってのも2
実は見方によって、合計が1とか0とか、つまりツイてないと思っていたものが、ツイてると思えたり、腹立つ経験が、逆に感謝できる経験になってきたり、幸も不幸も、善も悪もないんだよってなったりするんです
今とっても狭い視野で出来事を観察しているから善と悪が生まれるのです
野生の動物たちは強い生き物が弱い生き物を殺して食べています
食べられてしまう動物から見れば、捕食者は悪ですが、それを観察している人間の目線から見たら自然界に善と悪は存在せずハーモニーしているとみます
人間達は善と悪という話が好きですが、視野を大きくして人間達を観察している神の視点になってみればやはり善も悪も存在しない、すべての存在は等しく愛しいというふうになるのではないのでしょうか
ほなちゃん第3の目開眼か(笑)
2008年01月11日
色即是空と原罪
仏教で一番利用されている般若心経
その般若心経のなかで一番重要な部分が色即是空
色即是空とは色すなわちこれ空なり
色とは高い低い、美しい醜い、長い短い、良い悪いという価値判断のこと
色は空というのは高い低い、美しい醜い、長い短い、良い悪いという実体はなく、見方によってコロコロ変わるものだと言っている
見方によって変わる実体のないものを、悪いものは悪いと一方的に決めつけるところに不幸や不運や苦しみがあるというもの
すべての病気や災難や死には意味があり、善悪はないということだよと
ユダヤ教、キリスト教、イスラム教は親戚の宗教で旧約聖書に登場する人物はそれぞれの聖典に登場する
一番後に成立したイスラム教にはイエスが聖人として書かれている
それらの聖典に書かれているおそらく一番重要なところが原罪
アダムとイブは神から食べてはいけないといわれた知恵の実をたべてしまう
知恵の実とは善悪の実とも呼ばれ
善悪の判断をつけるようになったから楽園から追放されて人類は苦しむようになったと
仏教もユダヤ教もキリスト教もイスラム教も根本は同じじゃんってことになる
道教の祖、老子はもっと明快にこのことを書き残しています

その般若心経のなかで一番重要な部分が色即是空
色即是空とは色すなわちこれ空なり
色とは高い低い、美しい醜い、長い短い、良い悪いという価値判断のこと
色は空というのは高い低い、美しい醜い、長い短い、良い悪いという実体はなく、見方によってコロコロ変わるものだと言っている
見方によって変わる実体のないものを、悪いものは悪いと一方的に決めつけるところに不幸や不運や苦しみがあるというもの
すべての病気や災難や死には意味があり、善悪はないということだよと
ユダヤ教、キリスト教、イスラム教は親戚の宗教で旧約聖書に登場する人物はそれぞれの聖典に登場する
一番後に成立したイスラム教にはイエスが聖人として書かれている
それらの聖典に書かれているおそらく一番重要なところが原罪
アダムとイブは神から食べてはいけないといわれた知恵の実をたべてしまう
知恵の実とは善悪の実とも呼ばれ
善悪の判断をつけるようになったから楽園から追放されて人類は苦しむようになったと
仏教もユダヤ教もキリスト教もイスラム教も根本は同じじゃんってことになる
道教の祖、老子はもっと明快にこのことを書き残しています

由布院へ行っていました
2008年01月02日
マインドの癖を活用して幸せになる方法
マインドとは、心とか意識のことです

このマインドの癖を知っているのと知らないのとでは、ジェリーとほなねずみぐらい違います(どんな違いじゃ)
この癖っていうのは言葉に出したものと同じものをかき集めようとする癖です
たとえば、あの上司大嫌いと言葉にしたり、思ったりしてみましょう
そうすると上司の嫌いなところがどんどん頭に湧いてきます
足がくさい
体がくさい
インケン
禿
エロ親父
などなど、どんどん出てきてとにかく見たくもないし、そばに寄りたくもありません、それどころかもう考えたくもありません
ところがマインドはどんどん集める習性があるのです
他のことで気がまぎらわされればそっちに意識が飛びますが、離れよう離れようとしても大きくなってゆくばかりです
ためしてガッテンでもやってましたが、シロクマの絵を出演者に見せてそれから絵を隠します
そのあと、シロクマのことを思い出してくださいといいます
そのあと、シロクマのことを忘れてくださいといいます
忘れてくださいといって、忘れようとすればするほどにシロクマのイメージが湧いてくるのです
それがマインドの癖です
話は戻ってマインドの活用方法を聞いた人が苦手な上司に会いました
そこであの上司いいところがあるんだよとまるで呪文のように唱えてみます
するとどうでしょう、口にするまでは見えてこなかったいいところがだんだん見えてくるのです
マインドの癖は言った言葉と同じものをかき集めようとすると書きましたが、その通りになってゆきます
それでも見えなければ、繰り返し呪文を唱えます
わたしから行ったものはわたしに帰ってくる
わたしから行ったものに取り囲まれている
とまあ因果応報的な言葉がありますが、言葉というのは精妙で波動が高いものなのですぐに結果が返ってきます
対人関係で気分の悪いとき、まったくすぐに効き目が現れます
気持ちっていうのも精妙ですから言葉に影響されてコロコロかわります
愚痴がよくないと親鸞さんとかいろいろな方が言っていますが、
愚痴という漢字を分解してみても分かります
幸せになりたい人は愚痴をいうことをやめて、心からでなくてもぜんぜんいいので感謝の言葉をたびたび口にすることです
愚痴は言えば言うほど自分自身を苦しめます
自分で自分の首をしめているのと何ら変わりがありません
腹が立つことがあるときに感謝や褒め言葉をいうことがいいです(心を込めなくていいんです)
でもたまには猛烈に愚痴、文句、悪口を言いたくなることがあります
そんときゃ思い切って思い切りおおげさに叫んで解放させるって方法もあります(暴力以外の方法で)
感謝の言葉「ありがとう」がありますが、ただ繰り返し言うだけでもまったく驚くほどの効果があります
まったくびっくりするほどの効果があり、重病の鬱の人でも十日もしないで直ります
小林正観さんの著書「幸せの宇宙構造」にすごい報告がいくつもあります(踊るうどんでも販売しています)
口癖にすればすごく人生の豊かになる言葉です
いいこといいこと
これでいいのだ!
ツイてる
ありがとう
は~ぁ 幸せだなぁ~
しあわせぇ~
あいしてる
すべて順調
そうだよねわかるよ

このマインドの癖を知っているのと知らないのとでは、ジェリーとほなねずみぐらい違います(どんな違いじゃ)
この癖っていうのは言葉に出したものと同じものをかき集めようとする癖です
たとえば、あの上司大嫌いと言葉にしたり、思ったりしてみましょう
そうすると上司の嫌いなところがどんどん頭に湧いてきます
足がくさい
体がくさい
インケン
禿
エロ親父
などなど、どんどん出てきてとにかく見たくもないし、そばに寄りたくもありません、それどころかもう考えたくもありません
ところがマインドはどんどん集める習性があるのです
他のことで気がまぎらわされればそっちに意識が飛びますが、離れよう離れようとしても大きくなってゆくばかりです
ためしてガッテンでもやってましたが、シロクマの絵を出演者に見せてそれから絵を隠します
そのあと、シロクマのことを思い出してくださいといいます
そのあと、シロクマのことを忘れてくださいといいます
忘れてくださいといって、忘れようとすればするほどにシロクマのイメージが湧いてくるのです
それがマインドの癖です
話は戻ってマインドの活用方法を聞いた人が苦手な上司に会いました
そこであの上司いいところがあるんだよとまるで呪文のように唱えてみます
するとどうでしょう、口にするまでは見えてこなかったいいところがだんだん見えてくるのです
マインドの癖は言った言葉と同じものをかき集めようとすると書きましたが、その通りになってゆきます
それでも見えなければ、繰り返し呪文を唱えます
わたしから行ったものはわたしに帰ってくる
わたしから行ったものに取り囲まれている
とまあ因果応報的な言葉がありますが、言葉というのは精妙で波動が高いものなのですぐに結果が返ってきます
対人関係で気分の悪いとき、まったくすぐに効き目が現れます
気持ちっていうのも精妙ですから言葉に影響されてコロコロかわります
愚痴がよくないと親鸞さんとかいろいろな方が言っていますが、
愚痴という漢字を分解してみても分かります
幸せになりたい人は愚痴をいうことをやめて、心からでなくてもぜんぜんいいので感謝の言葉をたびたび口にすることです
愚痴は言えば言うほど自分自身を苦しめます
自分で自分の首をしめているのと何ら変わりがありません
腹が立つことがあるときに感謝や褒め言葉をいうことがいいです(心を込めなくていいんです)
でもたまには猛烈に愚痴、文句、悪口を言いたくなることがあります
そんときゃ思い切って思い切りおおげさに叫んで解放させるって方法もあります(暴力以外の方法で)
感謝の言葉「ありがとう」がありますが、ただ繰り返し言うだけでもまったく驚くほどの効果があります
まったくびっくりするほどの効果があり、重病の鬱の人でも十日もしないで直ります
小林正観さんの著書「幸せの宇宙構造」にすごい報告がいくつもあります(踊るうどんでも販売しています)
口癖にすればすごく人生の豊かになる言葉です
いいこといいこと
これでいいのだ!
ツイてる
ありがとう
は~ぁ 幸せだなぁ~
しあわせぇ~
あいしてる
すべて順調
そうだよねわかるよ
2008年01月01日
開けましてお任せします
ブログをご覧のみなさま
あけましておめでとうございます
昨日大晦日に岩手からほなちゃんのおじいちゃんとおばあちゃん、ひいおばあちゃんがやってきました
今年の正月はかなり珍しく松山で過ごすことになりました
初夢はみなかったのですが、朝風呂に入っているときにふっと言葉がでたものを紹介します
と出てきました
お任せとは人に任せるという意味よりも、神仏とかの見えない存在や運命とか生まれてきたときの計画にお任せするということです
頑張るというのは日本人がとっても好きなのですが、疲れます
どうしてつかれるのかっていうと、自分一人の力分でこなそうとしているからなのです
任せる人というのは神や仏や、守護霊や運などにお任せして自分の力は最小限にします
人生努力や頑張りが一番大切なのだと思っている人にとっては力を抜くことはなまけることで、任せるということは男らしくない、かっこわるいと思っています
しかし、世の中努力や頑張りではどうしても乗り越えられない壁が訪れます
それが訪れたときが努力する人にとっては人生最大のピンチで猛烈に辛いのですが、お任せするということに気がつくとあっという間に人生に陽が当たりだして以後の人生がとっても楽になります
わたしがこれを一番よく学んだのは四国八十八カ所の歩き遍路旅でした
歩き始めは計画通りいこうと頑張るのですが、体は疲れ、足に豆ができ、どうしても出来ないことが続きます
ですが、だんだんとコツをつかみだし、そのコツというのがお任せするということです
頑張る人は計画をたてて計画通りにやろうとします
計画通りにゆかないと、歯がゆい想いをします
ところが、おまかせ出来るようになりますと、「できるところまででいいんよ、行けたところまで行けたらいいんよ」
ってさらっと計画通りにならなかったことを受け入れます
さらにポイントは力を抜けば抜くほど出来ることが増えます
だからうどん屋の営業も年々力を入れていませんがますますパワーアップしているようでございます(^^;
このところ天才バカボンにはまっているのですが、ブログのコメントで 春風♪のどか(*^_^*)さんに教えてもらったのがあります
これ最高ですよ
ここのブログに書いてあるには
やっぱりバカボンパパはスゴイのだ

裏にバカボンパパの言葉が入っています
どうぞ今年もよろしくお願いいたします
あけましておめでとうございます
昨日大晦日に岩手からほなちゃんのおじいちゃんとおばあちゃん、ひいおばあちゃんがやってきました
今年の正月はかなり珍しく松山で過ごすことになりました
初夢はみなかったのですが、朝風呂に入っているときにふっと言葉がでたものを紹介します
頑張るよりもお任せする
と出てきました
お任せとは人に任せるという意味よりも、神仏とかの見えない存在や運命とか生まれてきたときの計画にお任せするということです
頑張るというのは日本人がとっても好きなのですが、疲れます
どうしてつかれるのかっていうと、自分一人の力分でこなそうとしているからなのです
任せる人というのは神や仏や、守護霊や運などにお任せして自分の力は最小限にします
人生努力や頑張りが一番大切なのだと思っている人にとっては力を抜くことはなまけることで、任せるということは男らしくない、かっこわるいと思っています
しかし、世の中努力や頑張りではどうしても乗り越えられない壁が訪れます
それが訪れたときが努力する人にとっては人生最大のピンチで猛烈に辛いのですが、お任せするということに気がつくとあっという間に人生に陽が当たりだして以後の人生がとっても楽になります
わたしがこれを一番よく学んだのは四国八十八カ所の歩き遍路旅でした
歩き始めは計画通りいこうと頑張るのですが、体は疲れ、足に豆ができ、どうしても出来ないことが続きます
ですが、だんだんとコツをつかみだし、そのコツというのがお任せするということです
頑張る人は計画をたてて計画通りにやろうとします
計画通りにゆかないと、歯がゆい想いをします
ところが、おまかせ出来るようになりますと、「できるところまででいいんよ、行けたところまで行けたらいいんよ」
ってさらっと計画通りにならなかったことを受け入れます
さらにポイントは力を抜けば抜くほど出来ることが増えます
だからうどん屋の営業も年々力を入れていませんがますますパワーアップしているようでございます(^^;
このところ天才バカボンにはまっているのですが、ブログのコメントで 春風♪のどか(*^_^*)さんに教えてもらったのがあります
これ最高ですよ
< バカボンのパパの言葉 >
わしは バカボンのパパなのだ
この世は むずかしいのだ
わしの思うようにはならないのだ
でも わしは大丈夫なのだ
わしはいつでもわしなので 大丈夫なのだ
これでいいのだ と言っているから 大丈夫なのだ
あなたも あなたで それでいいのだ
それでいいのだ
それでいいのだ
わしはリタイヤしたのだ
全ての心配から リタイヤしたのだ
だからわしは 疲れないのだ
どうだ これでいいのだ
これでいいのだ
やっぱりこれでいいのだ
わしは バカボンのパパなのだ
この世は むずかしいのだ
わしの思うようにはならないのだ
でも わしは大丈夫なのだ
わしはいつでもわしなので 大丈夫なのだ
これでいいのだ と言っているから 大丈夫なのだ
あなたも あなたで それでいいのだ
それでいいのだ
それでいいのだ
わしはリタイヤしたのだ
全ての心配から リタイヤしたのだ
だからわしは 疲れないのだ
どうだ これでいいのだ
これでいいのだ
やっぱりこれでいいのだ
ここのブログに書いてあるには
天才バカボンの秘密 「これでいいのだ」
座禅断食の野口法蔵さんの本に「バカボンの詩」という本があります。
とても面白いことが書かれてました。
その本の中に「バカボン」はお釈迦様の10の名前の一つ
「バッキャーボン」(意味は至上の人)から引用されたようです。
「天才バカボンのオープニングの歌」の「タリラ~リララ~ン」は
チベットのターラ菩薩の真言でもあります。
また「レレのおじさん」はお釈迦様の悟りを開いたお弟子さん
「チュラパンタカ」がモデルになっていて
「チュラパンタカ」は無能で物忘れがひどい人でしたが
お釈迦様から「いつも掃除をしなさい」
「チリ・アカ払いたまえ」といつも掃除をして悟ったお弟子さんです。
「チュラパンタカ」の前世はとても頭が良い人だったですが
人をバカにしていた人と言われていて、お釈迦様のいた時は
無能に生まれ、悟りを開いたようです。
座禅断食の野口法蔵さんの本に「バカボンの詩」という本があります。
とても面白いことが書かれてました。
その本の中に「バカボン」はお釈迦様の10の名前の一つ
「バッキャーボン」(意味は至上の人)から引用されたようです。
「天才バカボンのオープニングの歌」の「タリラ~リララ~ン」は
チベットのターラ菩薩の真言でもあります。
また「レレのおじさん」はお釈迦様の悟りを開いたお弟子さん
「チュラパンタカ」がモデルになっていて
「チュラパンタカ」は無能で物忘れがひどい人でしたが
お釈迦様から「いつも掃除をしなさい」
「チリ・アカ払いたまえ」といつも掃除をして悟ったお弟子さんです。
「チュラパンタカ」の前世はとても頭が良い人だったですが
人をバカにしていた人と言われていて、お釈迦様のいた時は
無能に生まれ、悟りを開いたようです。
やっぱりバカボンパパはスゴイのだ
裏にバカボンパパの言葉が入っています
どうぞ今年もよろしくお願いいたします
2007年12月26日
恐怖の構造と対策
ためしてガッテンで高所恐怖症の克服のしかたの再放送を見た
こちらにそのHPがあります
http://www3.nhk.or.jp/gatten/archive/2007q4/20071212.html
実験に参加した全員がとても高い吊り橋の中央で記念写真を撮ることができました
1.「大丈夫大丈夫」というおまじないはかえって恐怖が倍増する
2.「怖いままで逃げ出してしまうと、ますます悪化してしまうこともある」
克服の仕方
○恐怖の対象を10分間見続けると慣れて怖くなくなる
これを利用して克服します
1.画板を手に持ち、あまり高くない吊り橋ではじめはチャレンジ!行けるところまで行き、恐怖を感じたところで立ち止まる
2.今の恐怖感の大きさをどうしても耐えられないレベルを100%として何%なのかを画用紙に記入する
3.2分間立ち止まって今の恐怖感を書き込む
4.同じように立ち止まったまま繰り返す
5.10分ぐらい経ったら恐怖レベルが落ち着くことが分かる
6.出発点にいったん戻って、また怖くなる場所まで歩く(このとき前回よりも多く進めていることに気づく)
7.克服できた\(o⌒∇⌒o)/
高所恐怖症を克服して142mの吊り橋の上で記念撮影する人たちの歓びはすばらしいものでした
これまで怖くて出来なかったことが、克服されてできるようになったのですから、とても怖かった分歓びも大きかったのです
ここでわたしがいつも思うのですが、恐怖ってなんだろうって
自分の命を守る為に必要で生まれたのは分かっているのですが、理屈でどう考えても安全な状況なのに恐れてしまう
それが恐怖症というのですが、例えば対人恐怖症とかあるととても生活する上で不便です
面白いんだよね、恐怖の大きさだけ克服したときの歓びは大きい
恐れた大きさの分だけ克服したときの歓びは大きい
だったら、恐怖を感じたら、歓びが待っているんだ~~~~
って感じることにしたらどうだろう
恐怖の克服の仕方はさっきの説明どおりだ
恐怖なんてものは見つめれば消える、逃げると大きくなる
そして歓喜を隠し持っている
恐怖を感じたら、その恐怖の感覚をみつめること、そうすればなくなる
恐怖で怯えて一歩前に進めずおどおどしている人を見るとこう思えてくることがある
「いつまで宝を隠し持っているつもりかねぇ、神さまから見たら宝から逃げ回っているように見えるだろうよ」と
辛い辛いと自分の人生を嘆いている人があるとき、自分の人生や、憎んでいた人を許せて感謝できるようになったときに、とてつもない歓びに満たされる
そんな人がこの歓びがきっかけで、人にもその歓びを分けたくなり、観音様やマリア様のように条件無く愛してしまう人になってしまうことがたびたびあります
ちょうどヨメが映画でやっている「自虐の歌」の4コマ漫画の本を買ってきてたので読んでみましたが、ほんとうにひどい人生を歩んできた主人公が下巻で思いきり目覚めてしまうのです

こちらにそのHPがあります
http://www3.nhk.or.jp/gatten/archive/2007q4/20071212.html
実験に参加した全員がとても高い吊り橋の中央で記念写真を撮ることができました
1.「大丈夫大丈夫」というおまじないはかえって恐怖が倍増する
2.「怖いままで逃げ出してしまうと、ますます悪化してしまうこともある」
克服の仕方
○恐怖の対象を10分間見続けると慣れて怖くなくなる
これを利用して克服します
1.画板を手に持ち、あまり高くない吊り橋ではじめはチャレンジ!行けるところまで行き、恐怖を感じたところで立ち止まる
2.今の恐怖感の大きさをどうしても耐えられないレベルを100%として何%なのかを画用紙に記入する
3.2分間立ち止まって今の恐怖感を書き込む
4.同じように立ち止まったまま繰り返す
5.10分ぐらい経ったら恐怖レベルが落ち着くことが分かる
6.出発点にいったん戻って、また怖くなる場所まで歩く(このとき前回よりも多く進めていることに気づく)
7.克服できた\(o⌒∇⌒o)/
高所恐怖症を克服して142mの吊り橋の上で記念撮影する人たちの歓びはすばらしいものでした
これまで怖くて出来なかったことが、克服されてできるようになったのですから、とても怖かった分歓びも大きかったのです
ここでわたしがいつも思うのですが、恐怖ってなんだろうって
自分の命を守る為に必要で生まれたのは分かっているのですが、理屈でどう考えても安全な状況なのに恐れてしまう
それが恐怖症というのですが、例えば対人恐怖症とかあるととても生活する上で不便です
面白いんだよね、恐怖の大きさだけ克服したときの歓びは大きい
恐れた大きさの分だけ克服したときの歓びは大きい
だったら、恐怖を感じたら、歓びが待っているんだ~~~~
って感じることにしたらどうだろう
恐怖の克服の仕方はさっきの説明どおりだ
恐怖なんてものは見つめれば消える、逃げると大きくなる
そして歓喜を隠し持っている
恐怖を感じたら、その恐怖の感覚をみつめること、そうすればなくなる
恐怖で怯えて一歩前に進めずおどおどしている人を見るとこう思えてくることがある
「いつまで宝を隠し持っているつもりかねぇ、神さまから見たら宝から逃げ回っているように見えるだろうよ」と
辛い辛いと自分の人生を嘆いている人があるとき、自分の人生や、憎んでいた人を許せて感謝できるようになったときに、とてつもない歓びに満たされる
そんな人がこの歓びがきっかけで、人にもその歓びを分けたくなり、観音様やマリア様のように条件無く愛してしまう人になってしまうことがたびたびあります
ちょうどヨメが映画でやっている「自虐の歌」の4コマ漫画の本を買ってきてたので読んでみましたが、ほんとうにひどい人生を歩んできた主人公が下巻で思いきり目覚めてしまうのです

おすわりができたー
2007年12月24日
クリスマスなので無条件の愛について
昨日は近くの結婚式場もやっているグローリーチャーチという教会でクリスマス集会をやっていたので行ってきました
別にキリスト教徒ではないんですがクリスマスだしこの雰囲気は楽しめます
賛美歌を歌ったあとに神父さんが説法をします
愛とはおせっかいをやくこと
近頃お節介をやくひとがすっかり減ってしまいました
3軒隣まで家族のようなつきあいをしていた頃の方が心が豊かだった
愛とはおせっかいをやくことというのを良くいえば愛とは人と関わることだと
愛には3つあって
1. もし・・・だったら愛しますというのは、絶望へ向かいます
2. ・・・・だから愛しますという理由付きの愛は不安へと向かいます
3. それでも愛しますというのが無条件の愛
無条件の愛が人間関係を円滑にします
どんどん心が豊かになってゆきます
そこで今日思いつきましたのが、無条件の愛について
無条件の愛というのはちょっとわかりにくい
これを無条件の歓びと同じ事だと言ってみたらどうだろう
なにがあっても無条件にあらゆる状況を楽しむ
矢でも鉄砲でも戦争でももってこい、病気でも怪我でも関係ないさ「だからなに~?」ってなもんで
ちょうどバカボンのパパみたいなもんです
どんな状況でも喜べるには誰かに腹が立つとか死ぬことが怖いとかあったらできません
簡単な方法があるんですが、この世は舞台のようなものだと思うようにすること
ちょうど自分は舞台の出演者
ドラマを面白くするためにいろんな魂が集まって様々な役を演じる
悪魔のような行いをした人でもひとたび舞台から降りて楽屋に戻ればみんな友達どおし
臨死体験をした人の話によくあるんですが、やってきた人生が走馬燈のように見ることができるといいます
自分が実際体験したことだけではなく、自分が誰かを傷つける言葉を言ったとき、言われた相手の身になって体験してみたりもします
そうして自分の人生がどんなだったかを、深いところまで知ることができます
深く知ったところで、次はどんな人生を選びたいかを決めます
どんな役を演じてみたいか、今世ではこんなところがうまくいかなくて逃げてしまったので、次の人生でも同じような環境に生まれてまたチャレンジしてみようとか、もう前のテーマは終わったので、全然違う人生を演じてみたいとか思うようです
だから死も恐れることはないし、失敗も恐れることもない、二度と会えないということもない、誰も恨まない、正義とか悪とか地獄に落とされるとかないってわかると残るのは歓びだけじゃんってなる
そうなると、急ぐこともないし、遅れをとることも決してないので先を行きたい人にお先にどうぞ~
弟子に裏切られても、めちゃくちゃに鞭でしばかれても十字架にかかっても誰も憎まず「主よ、お許しください。彼らは自らがなすことがどういうことか分かっていないのです、彼らは知らないだけです」って言ったのがイエスキリスト
無条件の歓びになった人なら無条件の愛はたやすいように思う
だから何でも「これでいいのだ」と言うバカボンパパは偉い

で、バカボンパパのカードを作ってみたのだ(売り物ではない)
別にキリスト教徒ではないんですがクリスマスだしこの雰囲気は楽しめます
賛美歌を歌ったあとに神父さんが説法をします
愛とはおせっかいをやくこと
近頃お節介をやくひとがすっかり減ってしまいました
3軒隣まで家族のようなつきあいをしていた頃の方が心が豊かだった
愛とはおせっかいをやくことというのを良くいえば愛とは人と関わることだと
愛には3つあって
1. もし・・・だったら愛しますというのは、絶望へ向かいます
2. ・・・・だから愛しますという理由付きの愛は不安へと向かいます
3. それでも愛しますというのが無条件の愛
無条件の愛が人間関係を円滑にします
どんどん心が豊かになってゆきます
そこで今日思いつきましたのが、無条件の愛について
無条件の愛というのはちょっとわかりにくい
これを無条件の歓びと同じ事だと言ってみたらどうだろう
なにがあっても無条件にあらゆる状況を楽しむ
矢でも鉄砲でも戦争でももってこい、病気でも怪我でも関係ないさ「だからなに~?」ってなもんで
ちょうどバカボンのパパみたいなもんです
どんな状況でも喜べるには誰かに腹が立つとか死ぬことが怖いとかあったらできません
簡単な方法があるんですが、この世は舞台のようなものだと思うようにすること
ちょうど自分は舞台の出演者
ドラマを面白くするためにいろんな魂が集まって様々な役を演じる
悪魔のような行いをした人でもひとたび舞台から降りて楽屋に戻ればみんな友達どおし
臨死体験をした人の話によくあるんですが、やってきた人生が走馬燈のように見ることができるといいます
自分が実際体験したことだけではなく、自分が誰かを傷つける言葉を言ったとき、言われた相手の身になって体験してみたりもします
そうして自分の人生がどんなだったかを、深いところまで知ることができます
深く知ったところで、次はどんな人生を選びたいかを決めます
どんな役を演じてみたいか、今世ではこんなところがうまくいかなくて逃げてしまったので、次の人生でも同じような環境に生まれてまたチャレンジしてみようとか、もう前のテーマは終わったので、全然違う人生を演じてみたいとか思うようです
だから死も恐れることはないし、失敗も恐れることもない、二度と会えないということもない、誰も恨まない、正義とか悪とか地獄に落とされるとかないってわかると残るのは歓びだけじゃんってなる
そうなると、急ぐこともないし、遅れをとることも決してないので先を行きたい人にお先にどうぞ~
弟子に裏切られても、めちゃくちゃに鞭でしばかれても十字架にかかっても誰も憎まず「主よ、お許しください。彼らは自らがなすことがどういうことか分かっていないのです、彼らは知らないだけです」って言ったのがイエスキリスト
無条件の歓びになった人なら無条件の愛はたやすいように思う
だから何でも「これでいいのだ」と言うバカボンパパは偉い
で、バカボンパパのカードを作ってみたのだ(売り物ではない)


