2007年12月26日
恐怖の構造と対策
ためしてガッテンで高所恐怖症の克服のしかたの再放送を見た
こちらにそのHPがあります
http://www3.nhk.or.jp/gatten/archive/2007q4/20071212.html
実験に参加した全員がとても高い吊り橋の中央で記念写真を撮ることができました
1.「大丈夫大丈夫」というおまじないはかえって恐怖が倍増する
2.「怖いままで逃げ出してしまうと、ますます悪化してしまうこともある」
克服の仕方
○恐怖の対象を10分間見続けると慣れて怖くなくなる
これを利用して克服します
1.画板を手に持ち、あまり高くない吊り橋ではじめはチャレンジ!行けるところまで行き、恐怖を感じたところで立ち止まる
2.今の恐怖感の大きさをどうしても耐えられないレベルを100%として何%なのかを画用紙に記入する
3.2分間立ち止まって今の恐怖感を書き込む
4.同じように立ち止まったまま繰り返す
5.10分ぐらい経ったら恐怖レベルが落ち着くことが分かる
6.出発点にいったん戻って、また怖くなる場所まで歩く(このとき前回よりも多く進めていることに気づく)
7.克服できた\(o⌒∇⌒o)/
高所恐怖症を克服して142mの吊り橋の上で記念撮影する人たちの歓びはすばらしいものでした
これまで怖くて出来なかったことが、克服されてできるようになったのですから、とても怖かった分歓びも大きかったのです
ここでわたしがいつも思うのですが、恐怖ってなんだろうって
自分の命を守る為に必要で生まれたのは分かっているのですが、理屈でどう考えても安全な状況なのに恐れてしまう
それが恐怖症というのですが、例えば対人恐怖症とかあるととても生活する上で不便です
面白いんだよね、恐怖の大きさだけ克服したときの歓びは大きい
恐れた大きさの分だけ克服したときの歓びは大きい
だったら、恐怖を感じたら、歓びが待っているんだ~~~~
って感じることにしたらどうだろう
恐怖の克服の仕方はさっきの説明どおりだ
恐怖なんてものは見つめれば消える、逃げると大きくなる
そして歓喜を隠し持っている
恐怖を感じたら、その恐怖の感覚をみつめること、そうすればなくなる
恐怖で怯えて一歩前に進めずおどおどしている人を見るとこう思えてくることがある
「いつまで宝を隠し持っているつもりかねぇ、神さまから見たら宝から逃げ回っているように見えるだろうよ」と
辛い辛いと自分の人生を嘆いている人があるとき、自分の人生や、憎んでいた人を許せて感謝できるようになったときに、とてつもない歓びに満たされる
そんな人がこの歓びがきっかけで、人にもその歓びを分けたくなり、観音様やマリア様のように条件無く愛してしまう人になってしまうことがたびたびあります
ちょうどヨメが映画でやっている「自虐の歌」の4コマ漫画の本を買ってきてたので読んでみましたが、ほんとうにひどい人生を歩んできた主人公が下巻で思いきり目覚めてしまうのです

こちらにそのHPがあります
http://www3.nhk.or.jp/gatten/archive/2007q4/20071212.html
実験に参加した全員がとても高い吊り橋の中央で記念写真を撮ることができました
1.「大丈夫大丈夫」というおまじないはかえって恐怖が倍増する
2.「怖いままで逃げ出してしまうと、ますます悪化してしまうこともある」
克服の仕方
○恐怖の対象を10分間見続けると慣れて怖くなくなる
これを利用して克服します
1.画板を手に持ち、あまり高くない吊り橋ではじめはチャレンジ!行けるところまで行き、恐怖を感じたところで立ち止まる
2.今の恐怖感の大きさをどうしても耐えられないレベルを100%として何%なのかを画用紙に記入する
3.2分間立ち止まって今の恐怖感を書き込む
4.同じように立ち止まったまま繰り返す
5.10分ぐらい経ったら恐怖レベルが落ち着くことが分かる
6.出発点にいったん戻って、また怖くなる場所まで歩く(このとき前回よりも多く進めていることに気づく)
7.克服できた\(o⌒∇⌒o)/
高所恐怖症を克服して142mの吊り橋の上で記念撮影する人たちの歓びはすばらしいものでした
これまで怖くて出来なかったことが、克服されてできるようになったのですから、とても怖かった分歓びも大きかったのです
ここでわたしがいつも思うのですが、恐怖ってなんだろうって
自分の命を守る為に必要で生まれたのは分かっているのですが、理屈でどう考えても安全な状況なのに恐れてしまう
それが恐怖症というのですが、例えば対人恐怖症とかあるととても生活する上で不便です
面白いんだよね、恐怖の大きさだけ克服したときの歓びは大きい
恐れた大きさの分だけ克服したときの歓びは大きい
だったら、恐怖を感じたら、歓びが待っているんだ~~~~
って感じることにしたらどうだろう
恐怖の克服の仕方はさっきの説明どおりだ
恐怖なんてものは見つめれば消える、逃げると大きくなる
そして歓喜を隠し持っている
恐怖を感じたら、その恐怖の感覚をみつめること、そうすればなくなる
恐怖で怯えて一歩前に進めずおどおどしている人を見るとこう思えてくることがある
「いつまで宝を隠し持っているつもりかねぇ、神さまから見たら宝から逃げ回っているように見えるだろうよ」と
辛い辛いと自分の人生を嘆いている人があるとき、自分の人生や、憎んでいた人を許せて感謝できるようになったときに、とてつもない歓びに満たされる
そんな人がこの歓びがきっかけで、人にもその歓びを分けたくなり、観音様やマリア様のように条件無く愛してしまう人になってしまうことがたびたびあります
ちょうどヨメが映画でやっている「自虐の歌」の4コマ漫画の本を買ってきてたので読んでみましたが、ほんとうにひどい人生を歩んできた主人公が下巻で思いきり目覚めてしまうのです

おすわりができたー
2007年12月26日
2007年12月26日
ガソリン値上げで、そりゃいいことだ
ニュースでやたらガソリン値上げの悲鳴が聞こえてきます
北海道では灯油代を節約するために薪ストーブを使うところが増えてきているとか、菜種油をディーゼルエンジンの燃料に加工したりとかなんとかあれこれ智恵をしぼっているようです
さてさて、しかし地球温暖化対策にはすごくいいんじゃないの?って
植物を燃やして燃料にすれば二酸化炭素は出るけど、また植物のエネルギーになる
山を裸にしてそのまんまにすれば環境破壊だけど将来の燃料にするために植えれば空気中の二酸化炭素を吸ってくれるので植物は燃やしても二酸化炭素は増えない
問題は石炭や石油や天然ガスなど、地下にある物を地上に出してどんどん燃やしているから
だから燃料の値上がりで悲鳴を上げてるってのも、そりゃ悲観的な人のすることだなんて思っちゃうんだな
十年先のことを考えればもっと値段があがり続けてもいいぐらいですよ
北海道では灯油代を節約するために薪ストーブを使うところが増えてきているとか、菜種油をディーゼルエンジンの燃料に加工したりとかなんとかあれこれ智恵をしぼっているようです
さてさて、しかし地球温暖化対策にはすごくいいんじゃないの?って
植物を燃やして燃料にすれば二酸化炭素は出るけど、また植物のエネルギーになる
山を裸にしてそのまんまにすれば環境破壊だけど将来の燃料にするために植えれば空気中の二酸化炭素を吸ってくれるので植物は燃やしても二酸化炭素は増えない
問題は石炭や石油や天然ガスなど、地下にある物を地上に出してどんどん燃やしているから
だから燃料の値上がりで悲鳴を上げてるってのも、そりゃ悲観的な人のすることだなんて思っちゃうんだな
十年先のことを考えればもっと値段があがり続けてもいいぐらいですよ
2007年12月25日
聖夜の奇跡
昨日はクリスマスイブ
ディナーは家で食べるのですが部屋は散らかしっぱなし(-_-)
そこへ友人から電話がかかる「家にいますか~?」
どうもなにか頂けるらしい
やってくるまで15分
ヨメに告げると大変な勢いで夫婦は掃除を始める
あっというまに片づいてしまった
これが聖夜の奇跡か?
ディナーは家で食べるのですが部屋は散らかしっぱなし(-_-)
そこへ友人から電話がかかる「家にいますか~?」
どうもなにか頂けるらしい
やってくるまで15分
ヨメに告げると大変な勢いで夫婦は掃除を始める
あっというまに片づいてしまった
これが聖夜の奇跡か?
タグ :クリスマス
2007年12月24日
クリスマスなので無条件の愛について
昨日は近くの結婚式場もやっているグローリーチャーチという教会でクリスマス集会をやっていたので行ってきました
別にキリスト教徒ではないんですがクリスマスだしこの雰囲気は楽しめます
賛美歌を歌ったあとに神父さんが説法をします
愛とはおせっかいをやくこと
近頃お節介をやくひとがすっかり減ってしまいました
3軒隣まで家族のようなつきあいをしていた頃の方が心が豊かだった
愛とはおせっかいをやくことというのを良くいえば愛とは人と関わることだと
愛には3つあって
1. もし・・・だったら愛しますというのは、絶望へ向かいます
2. ・・・・だから愛しますという理由付きの愛は不安へと向かいます
3. それでも愛しますというのが無条件の愛
無条件の愛が人間関係を円滑にします
どんどん心が豊かになってゆきます
そこで今日思いつきましたのが、無条件の愛について
無条件の愛というのはちょっとわかりにくい
これを無条件の歓びと同じ事だと言ってみたらどうだろう
なにがあっても無条件にあらゆる状況を楽しむ
矢でも鉄砲でも戦争でももってこい、病気でも怪我でも関係ないさ「だからなに~?」ってなもんで
ちょうどバカボンのパパみたいなもんです
どんな状況でも喜べるには誰かに腹が立つとか死ぬことが怖いとかあったらできません
簡単な方法があるんですが、この世は舞台のようなものだと思うようにすること
ちょうど自分は舞台の出演者
ドラマを面白くするためにいろんな魂が集まって様々な役を演じる
悪魔のような行いをした人でもひとたび舞台から降りて楽屋に戻ればみんな友達どおし
臨死体験をした人の話によくあるんですが、やってきた人生が走馬燈のように見ることができるといいます
自分が実際体験したことだけではなく、自分が誰かを傷つける言葉を言ったとき、言われた相手の身になって体験してみたりもします
そうして自分の人生がどんなだったかを、深いところまで知ることができます
深く知ったところで、次はどんな人生を選びたいかを決めます
どんな役を演じてみたいか、今世ではこんなところがうまくいかなくて逃げてしまったので、次の人生でも同じような環境に生まれてまたチャレンジしてみようとか、もう前のテーマは終わったので、全然違う人生を演じてみたいとか思うようです
だから死も恐れることはないし、失敗も恐れることもない、二度と会えないということもない、誰も恨まない、正義とか悪とか地獄に落とされるとかないってわかると残るのは歓びだけじゃんってなる
そうなると、急ぐこともないし、遅れをとることも決してないので先を行きたい人にお先にどうぞ~
弟子に裏切られても、めちゃくちゃに鞭でしばかれても十字架にかかっても誰も憎まず「主よ、お許しください。彼らは自らがなすことがどういうことか分かっていないのです、彼らは知らないだけです」って言ったのがイエスキリスト
無条件の歓びになった人なら無条件の愛はたやすいように思う
だから何でも「これでいいのだ」と言うバカボンパパは偉い

で、バカボンパパのカードを作ってみたのだ(売り物ではない)
別にキリスト教徒ではないんですがクリスマスだしこの雰囲気は楽しめます
賛美歌を歌ったあとに神父さんが説法をします
愛とはおせっかいをやくこと
近頃お節介をやくひとがすっかり減ってしまいました
3軒隣まで家族のようなつきあいをしていた頃の方が心が豊かだった
愛とはおせっかいをやくことというのを良くいえば愛とは人と関わることだと
愛には3つあって
1. もし・・・だったら愛しますというのは、絶望へ向かいます
2. ・・・・だから愛しますという理由付きの愛は不安へと向かいます
3. それでも愛しますというのが無条件の愛
無条件の愛が人間関係を円滑にします
どんどん心が豊かになってゆきます
そこで今日思いつきましたのが、無条件の愛について
無条件の愛というのはちょっとわかりにくい
これを無条件の歓びと同じ事だと言ってみたらどうだろう
なにがあっても無条件にあらゆる状況を楽しむ
矢でも鉄砲でも戦争でももってこい、病気でも怪我でも関係ないさ「だからなに~?」ってなもんで
ちょうどバカボンのパパみたいなもんです
どんな状況でも喜べるには誰かに腹が立つとか死ぬことが怖いとかあったらできません
簡単な方法があるんですが、この世は舞台のようなものだと思うようにすること
ちょうど自分は舞台の出演者
ドラマを面白くするためにいろんな魂が集まって様々な役を演じる
悪魔のような行いをした人でもひとたび舞台から降りて楽屋に戻ればみんな友達どおし
臨死体験をした人の話によくあるんですが、やってきた人生が走馬燈のように見ることができるといいます
自分が実際体験したことだけではなく、自分が誰かを傷つける言葉を言ったとき、言われた相手の身になって体験してみたりもします
そうして自分の人生がどんなだったかを、深いところまで知ることができます
深く知ったところで、次はどんな人生を選びたいかを決めます
どんな役を演じてみたいか、今世ではこんなところがうまくいかなくて逃げてしまったので、次の人生でも同じような環境に生まれてまたチャレンジしてみようとか、もう前のテーマは終わったので、全然違う人生を演じてみたいとか思うようです
だから死も恐れることはないし、失敗も恐れることもない、二度と会えないということもない、誰も恨まない、正義とか悪とか地獄に落とされるとかないってわかると残るのは歓びだけじゃんってなる
そうなると、急ぐこともないし、遅れをとることも決してないので先を行きたい人にお先にどうぞ~
弟子に裏切られても、めちゃくちゃに鞭でしばかれても十字架にかかっても誰も憎まず「主よ、お許しください。彼らは自らがなすことがどういうことか分かっていないのです、彼らは知らないだけです」って言ったのがイエスキリスト
無条件の歓びになった人なら無条件の愛はたやすいように思う
だから何でも「これでいいのだ」と言うバカボンパパは偉い
で、バカボンパパのカードを作ってみたのだ(売り物ではない)
2007年12月24日
2007年12月24日
2007年12月24日
ほなちゃんへのクリスマスプレゼント
ほなちゃんへのクリスマスプレゼント3品
どれもわたしが衝動買いしたものですが
ひとつめの赤いロディは対象年齢3歳以上(名前はのり子3号)
ふたつめとみっつめは対象年齢1.5歳以上であります
親の自己満足丸出しですな
※にまいめの絵はわたしとヨメの合作
※さんまいめはわたしが書いたもの
精神年齢の低さが・・・・・・・・・
ちょうどこの日記を書くために3号(ロディ赤)とほなちゃんの撮影中事件が起こりました
ロディ(黄)が友人から届けられたのです
受け取ったわたしはヨメに、
「おお~い、のり子4号がきたよぉ~」
さらに青まで揃ったりして・・・・
2007年12月23日
初投稿
踊るうどんの日記ははじめhttp://odoruudon.comでやっていましたが、mixiに引っ越していました
日記をもっと公開型にするためにここのブログを見つけてきたのでちょっとこれから挑戦してみようと思っています
これからもよろしくお願いします。
日記をもっと公開型にするためにここのブログを見つけてきたのでちょっとこれから挑戦してみようと思っています
これからもよろしくお願いします。



