2008年06月28日
神の手に載せられているような・・・・
今日(6月27日)は3月3日に申請した特許の審査をお願いするための申請を行いました
ほんとうはもっと早くしたかったのですが、のろのろしてしまい、今日になったのです
そして今日はタイミング良くほなみの誕生日です
私のスピーカーは面白いことに日付がなっています
特許の申請日がたまたま3月3日の耳の日、節句の日(女の日ですね、女性性の日、女性性のスピーカー〔軽くて柔らかくて、カラフルで、音が繊細〕が生まれるのにぴったりな日)
実用新案の申請日がこれまた、たまたま6月6日
特許を申請したときに申請人に番号が振り付けられるのですが、私に番号が振り付けられた日が4月2日でわたしの誕生日!
狙ったわけでもないのになんでまた・・・・・
このところ、神の手に載せられているような感覚があります
ああ、動かされているんだなぁって
まるで動かしてるよってわたしに教えるために数字がぴったりあうようにしているようです
余談ですが、
神の手に載せられているような感覚を持つことはとっても人生で役立ちます
本当は世の中全員が神の手に載せられいるのですが、その感覚を持っている人は僅かです
人は目先のことで人を恨んだり、憎んだり、嘆いたりするのですが、それはその感覚を持ってないからです
その神の手の感覚を持っていれば、たとえば期待したことが上手くいかなくても「それでいいということだ」と思えるのです
怪我をしても病気しても「メッセージだ」と思えるようになり「ありがとう」と、予想以上にうまく事が運んでも淡々と「ありがとう」となってきます
この感覚を持ってない人は都合の良くないことが起こると人のせいか、自分のせいにしますが、この感覚を身につけると都合の悪いことがあっても神のせいにするようになります
「神様がこっちのほうがわたしの為にいいからそうしているんだ」と思い感謝します
怒る気もなくなり、がっかりすることもありません
成功しても自分の手柄だと思うことなく、神がくれた物だと感謝します
だから人間関係もスムーズになります
この感覚は心の揺れを少なくします
イヤーな事が起こってもこれまでよりもずっと軽いです
だからお得です
幸福感に包まれます
不幸とは「神の手に載せられているにも関わらず、その感覚を持っていない」ということだと思うのです
相田みつをの『いいことは おかげさま わるいことは 身から出たさび』なんてぴったりです
わたしは宗教家ではありませんので、スピーカーの話に戻ります(笑)
絨毯スピーカーの画期的なことは、指でスピーカーの筐体とトントンとしても音が出ないことです
今までのすべてのスピーカーの筐体は叩くと音がします
叩くと筐体は振動して音が出るのです
だからスピーカーから出た音波が共振を起こし、筐体を振動させ、音が出ます
その音がスピーカーから出てくる音と混ざり合い、録音されたとおりの忠実な音の再現ができなくなります
絨毯スピーカーの場合、筐体が振動しても音がでませんから、スピーカーから出てくる音が素直に聞こえます
例えば、手元のマイクで太鼓の音を録音したとき、それを再生してみると、ほとんど同じに聞こえます
今までのスピーカーでは太鼓の音を再生すると大きな箱鳴りを起こして、とても同じ音とは思えません
今までのスピーカーの場合には筐体の振動を抑えるために、重く頑丈にしましたが、わたしの場合には振動を抑えなくてよいのですから、軽くて柔らかくてよいのです
実際に大音量を出して比べてみたらはっきりと分かるのですが、お店や作業室では近所迷惑なので、良い場所を探しています
PA(ステージ用音響)などにも将来使いたいと思ってます
どなたか紹介してくださいませ
ほんとうはもっと早くしたかったのですが、のろのろしてしまい、今日になったのです
そして今日はタイミング良くほなみの誕生日です
私のスピーカーは面白いことに日付がなっています
特許の申請日がたまたま3月3日の耳の日、節句の日(女の日ですね、女性性の日、女性性のスピーカー〔軽くて柔らかくて、カラフルで、音が繊細〕が生まれるのにぴったりな日)
実用新案の申請日がこれまた、たまたま6月6日
特許を申請したときに申請人に番号が振り付けられるのですが、私に番号が振り付けられた日が4月2日でわたしの誕生日!
狙ったわけでもないのになんでまた・・・・・
このところ、神の手に載せられているような感覚があります
ああ、動かされているんだなぁって
まるで動かしてるよってわたしに教えるために数字がぴったりあうようにしているようです
余談ですが、
神の手に載せられているような感覚を持つことはとっても人生で役立ちます
本当は世の中全員が神の手に載せられいるのですが、その感覚を持っている人は僅かです
人は目先のことで人を恨んだり、憎んだり、嘆いたりするのですが、それはその感覚を持ってないからです
その神の手の感覚を持っていれば、たとえば期待したことが上手くいかなくても「それでいいということだ」と思えるのです
怪我をしても病気しても「メッセージだ」と思えるようになり「ありがとう」と、予想以上にうまく事が運んでも淡々と「ありがとう」となってきます
この感覚を持ってない人は都合の良くないことが起こると人のせいか、自分のせいにしますが、この感覚を身につけると都合の悪いことがあっても神のせいにするようになります
「神様がこっちのほうがわたしの為にいいからそうしているんだ」と思い感謝します
怒る気もなくなり、がっかりすることもありません
成功しても自分の手柄だと思うことなく、神がくれた物だと感謝します
だから人間関係もスムーズになります
この感覚は心の揺れを少なくします
イヤーな事が起こってもこれまでよりもずっと軽いです
だからお得です
幸福感に包まれます
不幸とは「神の手に載せられているにも関わらず、その感覚を持っていない」ということだと思うのです
相田みつをの『いいことは おかげさま わるいことは 身から出たさび』なんてぴったりです
わたしは宗教家ではありませんので、スピーカーの話に戻ります(笑)
絨毯スピーカーの画期的なことは、指でスピーカーの筐体とトントンとしても音が出ないことです
今までのすべてのスピーカーの筐体は叩くと音がします
叩くと筐体は振動して音が出るのです
だからスピーカーから出た音波が共振を起こし、筐体を振動させ、音が出ます
その音がスピーカーから出てくる音と混ざり合い、録音されたとおりの忠実な音の再現ができなくなります
絨毯スピーカーの場合、筐体が振動しても音がでませんから、スピーカーから出てくる音が素直に聞こえます
例えば、手元のマイクで太鼓の音を録音したとき、それを再生してみると、ほとんど同じに聞こえます
今までのスピーカーでは太鼓の音を再生すると大きな箱鳴りを起こして、とても同じ音とは思えません
今までのスピーカーの場合には筐体の振動を抑えるために、重く頑丈にしましたが、わたしの場合には振動を抑えなくてよいのですから、軽くて柔らかくてよいのです
実際に大音量を出して比べてみたらはっきりと分かるのですが、お店や作業室では近所迷惑なので、良い場所を探しています
PA(ステージ用音響)などにも将来使いたいと思ってます
どなたか紹介してくださいませ
この記事へのトラックバックURL
http://odoruudon.i-yoblog.com/t93870
この記事へのコメント
神様の愛いっぱいの掌の感覚はワクワクがあり楽しいですよね。
私も、最近すごい出来事がありました。
発表できる時期がきましたらお伝えしますね☆
私も、最近すごい出来事がありました。
発表できる時期がきましたらお伝えしますね☆
Posted by マコト合気道 at 2008年06月28日 12:04
先日取材先で、スナさんのスピーカーの話をしたら、お店において、取次ぎみたいな形にしても・・・。というかんじでしたよ。7月下旬にオープンする、インテリアショップですけど、もし興味があれば。。。はなしをしたら、おみせの
Posted by kuma at 2008年06月28日 12:08
☆マコト合気道さん
今すぐ発表しないと、次のが来て書く機会がなくなるかもよ
だからいますぐきかせてー
☆kumaさん
ひさしぶりの来店ありがとうございます
インテリアショップにぴったりですから楽しみにしています~
今すぐ発表しないと、次のが来て書く機会がなくなるかもよ
だからいますぐきかせてー
☆kumaさん
ひさしぶりの来店ありがとうございます
インテリアショップにぴったりですから楽しみにしています~
Posted by たいしょー at 2008年06月29日 16:29


